終章


⁻ Devil's Supper. ⁻

 

 

✧ Side Bernd ✧

 

 

 

 ホテルの入り口が勢いよく開かれる。

 外の雪とともに大男が室内に雪崩込んだ。

 

 身体中に積もった雪を犬のように頭を振って払い飛ばし辺りの床をあっという間に水浸しにしていくと、満足したところでにかりと牙の覗く笑顔を見せる。

 

「あっ、懐かしい姿ですねオーナー!」

「おかえりベルント。散歩は楽しかったかい」

「わはは! お客様が途中から動かなくなってしまったので連れ帰って来ました!」

 

 ロビーに繋がる踊り場からこちらを見下ろしている先代オーナーに見えやすいようベルントが軽々掲げた腕には、冷たくなったクレアが抱えられていた。凍りついた瞼は閉じられてからずっと目を覚まさない。

 

「彼女はもう死んでいるよ。ちゃんと持ってきて偉いじゃないか。おいで。食事の準備は殆ど終わっているからね」

 

 先代オーナーが身を翻すと同時にベルントの背後のドアが一人でに閉まり、階段を降るほどにオーナーの身が崩れ再生を繰り返す。ロビーに到達する頃には下半身が蛇の下腿をした白い悪魔の姿に変わり、辺りに強い百合の香りが充満する。

 

 「わかりました!」と元気な返事を返したベルントも直後に体が肥大し、耐えきれず破けた衣服の下から、人を優に越す大きな三つ首の犬が姿を現す。

 

 久々に本来の身体に戻れた開放感から長い長い伸びをしたら、三つあるうちの真ん中の口でクレアを咥えなおして白い悪魔の後ろを行儀よくついていった。

 

 キッチンに到着すると、調理中のウズリフがこちらに気づき手を止めてクレアを受け取る。

 

「この方で最後ですね。おや、よく冷えていらっしゃる。折角ですので冷えた料理をお出ししましょうか。できあがるまでもう少し待っていてください」

「ワインに合うのだと嬉しいよ」

「えぇ。ご期待に添えるかと」

「それは楽しみだ。ではあとで呼んでくれ」

 

 元気に一つ吠え、キッチンの入口に移動するとオーナーを見送り、昼寝の態勢をとって待つ。

 

 ああ。今回のご馳走は一体何でしょう! 楽しみです!

 果たして残り物はどれくらい出るのか、全部もらえるでしょうか…。

 肉と骨を食べて、最後にはクリスマスケーキでお腹いっぱいになれたら完璧ですね!

 

 三つ分の頭で考えれば全部の口から涎が止まらないほど楽しみな想いと空腹が募る。

 

 

 待ちかねていた悪魔の晩餐は鼻風船が弾けたのちに始まった。

 

 

 

 

 

✧✦✧

 

 

 

 

 

ブルーモーメント

 

 

東雲に冥い青が層を作りファウストが薄明を留めたかの様な魔法の一杯

喉に引っかかるレモンの甘ったるさと苦味、鼻に抜けていく艶やかな品の良さがとても相性がよく

思わず2杯目を頼みたくなってしまう

飲み終わった後も不思議と嫌な酔い方をせず、良い音楽に聞き惚れた時と似た余韻につい浸ってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フロマージュブランとまろやかなポタージュ

 

 

少しもったりとした柔らかなポタージュの表面にはキラキラとした金と銀の粉が三日月の様に飾られ、

2色のソースで白亜の城のドレッサージュが施されている

ミルク、蜂蜜、フロマージュ、素敵なものをふわふわにしたような、ひたすらに甘さと優しさだけの液体が匙にすくわれていく

一皿食べ終わる頃にはどこか夢心地な気分に

 

 

 

 

 

 

 

 

真実のルイベ

 

 

ジャックフロストのレースを纏った赤い薄切りの肉を花弁の様に盛り付けたルイベ

マグパイを模った白黒のジュレが一羽添えられている

口に入れると舌の温度でほどよく溶けていき強い旨味が広がる

 ただ使われているスパイスがなんだかわからず知りたくなってきた

 

 

 

 

 

 

 

恋する乙女の秘密と付き従うテリーヌ

 

 

一目みれば華やかさで美しい、白い皿をキャンパスとした芸術品

積み重なり光彩を描く、オーロラのような角度によって色の変わる美しいテリーヌに

ナイフを入れるのはいけないことのような気がする

口に運ぶとハーブやほのかな花の香りに口の残る少し嫌な辛味

 

 

 

 

 

 

 

 

スパイスを効かせた仔犬のポワレ

 

 

芳しい茶色と赤の香辛料の山をナイフとフォークで掻きわけると

下には弾力のある旨味の詰まった肉が隠されている

スパイスの香りが強いわりに親しみのある食べやすい味

 

 

 

 

 

 

 

アイザックのコンポート

 

 

シナモンとナツメグをたっぷり、レモンを効かせた甘い白ワインで蕩けそうなほど煮込んだ

真っ赤なハートのコンポート

二粒の白胡椒が甘さの中にピリリとアクセントをくわえている

熱いまま口に入れると体の中からうっとりとするような甘い熱が広がっていく心地良さ
思わず笑顔になってしまう

 

 

 

 

 

 

 

生贄羊のワイン煮込み 林檎ソースがけ

 

 

皿から漂う陶酔するほどのワインの香り

真紅のソースに簡単にほぐれる羊の煮込みを口に運ぶと

豊かな旨味と舌にへばりつく芳醇なワインと林檎の香り

 

 

 

 

 

 

 

時を止めた探偵のロースト

 

 

幾度もマリネを繰り返したような濃い色味をしたステーキ

一見ウェルダンよりも僅かに焼き過ぎた様にも見えるがナイフをいれれば抵抗なくスッと刃が通る

噛み締めると色味に反してなにか調味料を足し忘れたような、だが懐かしいような味がする

 

空になった皿に、ナイフとフォークを静かに置いた

 

 

 

 

 

 

 

探偵の香草焼き 灰色の脳細胞を添えて

 

 

炭酸に漬け込み柔らかくした肉にタイム、セージ、ラベンダー、ローズマリー伝統的なハーブをふんだんに練り込み、

こんがりとローストした香草焼きスコッチが香るとろりと濃厚でバターの効いたソースが食欲をそそり手が止まらなくなる

 

もう一切れ、ナイフを入れた

 

 

 

 

 

 

 

カッペリーニのエスプーマ添え

 

 

大きな白皿にはチキンスープで作られた真っ白なエスプーマが

美しく纏められた黄金のカッペリーニを隠すように盛られている

表面にはつややかな潤いがあり

パスタの下に隠されていたつるりとした卵黄をとき混ぜ

一巻口に運ぶととても満足感のある濃厚な味がする

ティースプーンに揺蕩うブランデーをエスプーマにかけて溶かすと

また違う味わいが楽しめる

 

 

 

 

 

 

 

悪魔も顰めるフロッグインアボグ

 

 

一つの血とミンスミートをブレンドした真っ黒なブラッドソーセージを

プティングに沈めた冷たいトードインザホール

温かい素朴な見た目といい匂いに釣られてプティングを齧ると

レバーをより濃厚にしたようなねっとりとした味が執着に広がる

冷たくなければ食べやすかったかもしれない

プティングを持ち上げると皿に絵付けされた待雪草が

食べた者の次の年の幸運を祈っていた

 

 

 

 

 

 

 

イートンメス

 

 

春と冬の境に降る雪の様にうっすらと桃色をしたメレンゲ

果肉がごろりした真っ赤なイチゴのソースが絡まり、スプーンを入れる前から甘い香りが漂ってくる

見た目と同様につつけば簡単にヒビが入り砕けるメレンゲを一匙口に含めば、とろりとしたイチゴの甘さ微かな酸味、

それに引き立てられ更に甘さを増したメレンゲが口の中でしゅわりしゅわりと溶けて消えていく

あまりの口溶けの良さに食べたのか食べていないのか分らぬまま皿が空に

ただ、口の中に甘い甘い味が残っている

 

 

 

 

 

 

 

アビゲイルの魔女ケーキ 

 

 

フロスティングで下の方まで覆われ生地が見えないホールケーキ

真白な土台の上には香ばしく炒って砕いたオークの実と

深い海の様な翠色のリボンのアイシングがワントットツートット

食べるとライ麦の香ばしさと卵のふくよかな風味、口の水分を奪う重く密度の高い生地

温かい紅茶で喉を湿らせついつい食べ続けてしまう癖になる味

 

 

 

 

     

 

 

 

 

 

「久々のご馳走様の前なのに元気無さそうねぇ、デイジーちゃん。アイザックのハート一口食べる?特別よ?ほら!あ〜ん❤︎」

「…いらない。もう…食べたくないの」

 

 ウェディングドレスを纏ったベネロペがニコニコと切り分けた心臓を口元に近づけられると、デイジーがいやいやをするように頑なに顔を背ける。

 

 悪魔の晩餐の度、デイジーは悪魔の食欲に抗えず泣きながら食事を貪ったあと放心したように項垂れるのは契約で一時的に悪魔になっている元人間だかららしい。折角の食事なのだからおいしく食べればいいだけなのに難儀なものだ。

 

「デイジーにはまだ二百年程ホテルの仕事を手伝う契約が残ってますからね。ほら、食べなくては持ちませんよ」

「……食べたくないって言ってるでしょう。ベルントにでもあげてちょうだい」

 

 オーナーの勧めに、怨みがましい声でデイジーは答えた。

 

 突如ご飯がもらえる可能性が湧きぴくりと耳を立てて反応する。

 

 拒否されたベネロペは「も〜デイジーちゃんに元気だしてもらいたかったのに〜」と差し出していた心臓を自分の額の口へと含んでしまう。

 

 貰え無かったです…。

 途端に三つ分の耳が頭部に沿ってぺたりと下がる。

 

 そうだウズリフは!

 彼は少食なので貰えるかもしれないとテーブルの反対側に目をやるが、皿は完食な上気に入った眼球を眺めている最中のため邪魔をしてはいけないタイミングだった。他の皿を見ても自分の皿を見ても平らげられていた。

 

 幸せな時間はあっという間ですね…。

 

 人間を食べるのに、人間のように仕事をして、タイミングをみてオーナーが死んだ振りをする。

 混乱と疑心暗鬼に陥るホテルの人間同士が殺し合いをして死ぬのを待ち、それを調理して頂く。時間はかかるがただ殺すより味が美味しくなるのでこのやり方をとっているらしい。自分はお腹を満たせればなんでもいいと思っていたが、このホテルの食事はどれも美味しいのを気に入り、最近仲間に加わった新米だ。他の純粋な悪魔達には食の好みがあるらしく、このホテルの発案者で一番の美食家なのはオーナーだ。ウズリフやペネロペも従業員として働きながら目星をつけているようだ。全員今回目をつけていた食材には満足しているようだ。

 

 あぁ、美味しかった。美味しかった。

 

 此度のご馳走様もとても満足の行くものだったが、また腹が減り出す前に再びホテルの仕事に戻るとしよう。

 

 次はどんな姿で、何の仕事をしよう。

 

 口に残るソースを舐めとりながら満腹の微睡のまま目を閉じた。

 

 

 

 



  灰色の空から雪が体に降り注ぐ。
  吐く息は白く、動かそうとした手は冷たく軋む痛みに意識が僅かに戻る。

  ここはどこだろうと辺りを探るが、体は芯から冷え、瞳の膜さえ凍りついたような感覚で、ろくに動かせなかった。

  徐に人の気配が近づき、体を持ち上げられる。

  肩を支えられながらどこかへ引き摺られていると、突き刺すような外の寒さを溶かす温もりに包まれる。
 
室内に移ったのだろうか、どこかで漂う百合の芳香に記憶の奥底が触発された気がするが、靄がかって思い出せなかった。

「オーナー、外で倒れている人が!」
「まあ、この悪天候の中行き倒れていたら危なかったでしょうに。さあ、どうぞ中でゆっくり休んでいただきましょう」

 助かったのか…? 

 鈍い体を運ばれながら、安堵とも判別つかない微妙な感情の境を彷徨う。

「ようこそ、幸運なお客様。当ホテルにいらしたからには、素敵なひと時をお約束いたしましょう」

  聞き覚えのある声に迎えられ、行き倒れていた男はついに意識を手放した。







 
 
 
 
 
CASABLANCA
- END -
 
✦ 
 
当ホテルは
非常事態での実り豊かな死を馳走とする
悪魔が経営するホテルでございます
すべての関係者様に尽きぬ感謝と
これからも皆様のご宿泊を
心よりお待ち申し上げます