✧ Side Isaac ✧
アイザックは腕にベネロぺを抱き抱え、ホテルの屋外繋がるドアを片足で蹴り開くと、冷たい雪の上にベネロぺの遺体をそっと置いた。
ベネロぺの遺体から横にはずらりと遺体が並んでいる。
…もう七人目になるのか。
オーナー、ダニエルの遺体に続き、ここに五人の遺体が加わった。
デイジーの遺体は頭皮が剥がされて剥き出しにされていた。
焼却炉から取り出したコーデルとウズリフは、二人分の肉が焼け焦げどちらのものか判別がつかなかった。
スキアーの仮面の剥がれた表情はやりきれない死相をしていた。
そしてベネロぺの遺体。あらぬ方向に折れた首の上は、苦しみが長引くことなく死んだようだった。
全員の体に白いシーツを敷き、丁寧に雪を掛けていく。
アイザックはその場に蹲ると長く白い息を吐いた。
「…ごめん皆。守れなくて」
✧ Side Coffin ✧
スキアーの顔を目に焼き付けたあと、生理的な飢えのままにキッチンにあった食料を勝手に摘まみ、再び自分の部屋で眠った。
次に目覚めたのはまだ朝日が眩いうちのことだった。妙にすっきりとしていた目覚め、意図せず稀少な早寝早起きを果たしたコフィンは、身支度を手早く済ませると健やかな朝の散歩がてらスケッチを片手に温室へと赴いた。
ホテルは立て続けの非常事態に体制を整えるチャンスを失ったままなのだろう。温室まで従業員の手は回っておらず、奥のガゼボに向かう道中や清廉で美しい水場には花弁や草木が自然のまま落ちており、昨日のお茶会から手入れがされた様子はなさそうだった。
水場に囲まれたガゼボに繋がる橋をゆったり渡っていると、水面に人の姿が浮かんでいるのが視界の端に映った。足を止めてじっと目を凝らせば見慣れた人物にコフィンは燥いだ声をあげる。
「…あらら〜! エレノアじゃん!」
コフィンは意気揚々とエレノアの傍まで歩み寄ると、屈んだ膝に腕を乗せ、頬杖をつきながら発見した遺体を眺めた。
バロック彫刻の水場で冷え切り文字通り透き通るような肌。それを彩るように咲く赤、白、薄紫のウォーターリリー、イギリスでは見たことのない水の中で揺らめく白い小さな花々。鮮やかな花草を豊かな長い髪や華奢な体に絡ませ美しい瞳を閉じ眠るように水面に浮かぶエレノアは、正に西洋の美しい絵画のような有様だった。
恋焦がれた人から愛されてはいても、恋することが叶わなかった悲劇の乙女の最期は、アーティストとして感化されずにいられないほど見事な作品となっていた。
「うひゃ〜っ! 目覚ましにゃピッタリの温度してんね」
水場の縁に腰をつき、スニーカーを脱いだ片脚をオフィーリアの眠る冷たい水に浸からせ腿に載せた脚の上でスケッチブックを開くと、鼻歌混じりにスケッチをとり始めた。
「オレはオジョウサマの絵を見た時、バージンを卒業して、広い世界をその綺麗な目で見たら何を描くのか。これからの作品を楽しみにしてたンだけどねぇ…。まさか、キミごと遺作になるだなんてね」
渇いた笑い声と拍手が温室に響く。
その命をもってして人生最後にして最高の作品になった画家の早世に、名残惜しくも賛辞を送った。
✧✦✧
「コフィン・ドジャー、そこで何をしている」
前のめりでスケッチをとっていたところに水を差すように飛んできた声に顔を上げれば、水場を挟んだ向こう岸にヴェルナーが立っていた。よく見ると彼の背に匿われるようにしてスノーが恐る恐る頭を覗かせていた。
「お前がやったのか」
「いンや? カミサマに誓ってオレじゃあない。健やかな一日を始めるのに素敵なお庭をお散歩してたら、ここでお嬢さんが浮かんでるのを見つけたんだよ。言うなれば、第一発見者ってヤツ?」
「ならもう一度聞く。そこで何をしている?」
詰問に尚も同じ声音で答える。
「スケッチをとってたんだ。美しい瞬間を忘れないためにね」
その証拠にと描いていたスケッチを掲げて見せる。対するヴェルナーは怪訝な表情を隠さない。
「アー、多分こちらのお嬢さんは自分で飛び込んだよ。このナイフもお嬢様の私物っぽいし。お兄さんも見てみなよ」
こっちにおいでよと人差し指で手招くコフィンの元に、ヴェルナーが注意深く近づく。遺体がよく見える位置に来たところで、ヴェルナーは眉間の皺をより深く刻み、急に重苦しそうに額に手を当てた。
「ヴェルナーさん、大丈夫ですか……!」
「……いや、少し……頭痛がしただけだ。気にするな。それと、お前はあまり見ない方がいい」
心配そうに駆け寄ってきたスノーの視界をヴェルナーの腕が遮る。
「んで、そっちも朝の散歩に来たわけ?」
コフィンがそう言えばというように呑気に質問をする。
「…いや、従業員からエレノアの嬢ちゃんが見当たらないことを聞いて、手分けして探しに来てたんだ」
「なんだ。じゃあ見つかって良かったねン ♪」
「遺体を前に随分お気楽だな。お前の宿泊部屋の近くでスキアーとベネロぺの遺体が発見されている。そして俺のアリバイは一緒に行動していたスノーが証言できる。スヴェンの応急手当で201A号室に集まっていた人間を除けば……コフィン、昨晩からのアリバイがないお前を疑わないのは無理な話だろう」
どこか手慣れたような犯人への聴取のような口ぶりに、コフィンは頭を捻って記憶をふり返る様子を見せる。
「ン〜。アリバイなら、夕方まではスキアーとエレノアと話してたけど、死人に口なしだもんネ〜。そうはいっても実際に死ぬとこは見てないシ〜。でも二人は痴情の縺れで死んだんじゃないかな、と俺はみてるよ」
「痴情の縺れ? 誰と誰が」
ヴェルナーは思いがけない返しだったのか、片眉を釣り上げた。
「エレノアはスキアーに恋をしてたみたいだよ。分かりやすかったけどね? そこをオレがスキアーとイイカンジになってきて、燃える三角関係はじまるかと思いきや急展開! スキアーの顔を見たか? 百人がみたら百人がこう言うだろうさ、二人は兄妹だってね。まあ詳しい流れは知らないけど、それがトリガーなんじゃないの? 恋する乙女にとって、好きなのにそれが許されない人生は地獄にいる苦しみとおんなじさ。だからここに入水自殺して、悲劇のオフィーリアの出来上がり♪ってコトじゃない? つまりオレはな〜んの罪も犯してないよん」
「そうだとしても、その証拠も確証もない」
「アハハ! オレが嘘をつくように見える?」
自分が犯人かもしれないと疑われ分が悪いと言うのに、あまりにも死にも自分にも関心が薄い飄々とした態度に呆れ果てたようにヴェルナーは大きな溜め息を吐いた。
「あとベネロぺちゃん死んでるのは初耳だよ」と両手を広げて肩を竦めるコフィンは洋画によくあるワンシーンそのものだ。
観察力はあっても周りへの興味関心が薄く、殺人に至るほどの熱も渇きもない。ヴェルナーは再び大きな溜め息をつくと警戒をするのがくだらないとでも言うように、先ほどまでの刺すような鋭い雰囲気が和らいだ。
その背後で話を聞いていたスノーは悲痛な表情を見せた。
「そんな……レイディ・エレノア……」
「……おい。平気か」
「大丈夫です、行かせてください」
ヴェルナーの心配を退け、彼の背から前に出たスノーはコフィンの傍に傅くと、胸に手を当てエレノアに深く一礼した。振り返ったスノーは丸い頬に涙を溢しながらヴェルナーに頼む。
「彼女を移動してあげられませんか。ここでは、寒いでしょうから」
「あぁ……そうだな。どこへ運ぶか聞くついでに従業員を呼んでくるが、ここで待ってるか?」
「ここで、側にいます」
「そうか、できる限りすぐに戻る……わかってるな?」
ヴェルナーの声かけにスノーは頷き、最後のは釘を刺すようにコフィンに向けられた。
「心配ないよ、こんな若い子とって食うほど困ってないってぇ! あっ、ついでにコーヒーを持ってくるように伝えてお兄さん。ミルクはコーヒーを誤魔化せるくらいたっぷり……♡で頼むよ」
コフィンのリクエストを無視してヴェルナーは足早にホテル内へ消えていき、成り行きで温室には二人だけが残された。
先程ヴェルナーの言っていた“わかってるな”は、何か無いようにスノーを保護しろというものだろう。
「レイディ・エレノアには、お兄さんがいたんですね。僕にも兄弟がいたなら……」
「坊やには兄弟いねぇの?如何にもやさしーいパパママ、上の子達に愛されて育ってそうな印象だから、勝手に弟ポジションかと予想してンけど」
「……残念ながら一人っ子です」
スノーは淡く首を振り、コフィンの予想を撤回した。
「外したか。じゃあここから無事帰れたら暖かいおうちでパパママにでも甘えなよ」
「……両親も、もういないです」
雪の妖精のように愛らしく優等生らしくお行儀の良い少年に不釣り合いな大きな影に、思わずコフィンは興味をそそられた。
「じゃあ帰るとこねーの?」
「学校の寮はあります。……けど、帰ったところでクリスマスを囲む家族はいません」
困ったような少しさみしげな笑顔は名前の通り儚くて、つい庇護欲をかりたてられる。
「俺もだから別に珍しいことじゃないんじゃない」
「ミスター・ドジャーも、ご両親がいらっしゃらないんですか?」
「顔も見たことないね。今も生きてるんだか、興味もない」
「そんな、今までどうやって生きてきたんですか」
隣に座るスノーが驚いたような顔をして、コフィンに体を向けて前のめりで質問する。
「んー? 生まれてからスラム街で物乞いをして、その日暮らししてたよ。その時の食べ方が今も染みついてんだ。クリスマスディナーの時も思ったが、なんでスープをスプーンで使って飲むのか納得いく理由がほしいね」
コフィンは不服そうにスプーンを鷲掴む動作を見せる。スラム街での貧しい衣食住事情をコフィンから聞いたスノーは、知らない世界に痛ましそうに愕然とした表情をする。
「全然……僕が住む世界とは違いますね。僕はまだ、室内で眠れてご飯も食べられる環境がありました……」
「俺も途中からそれを知った。孤児院で保護されてからは、寝る場所も飯もあったけど、引取先と家族って言える関係を築けてたかは難しいな」
「! …………わかり、ます。僕も、引き取ってくれた親戚とあまり、うまく交流できていなくて」
余程悩んでいるのか、スノーは一瞬目を見開いて項垂れながら共感を溢す。そのまま何を話そうか思案してるのか、次の言葉を待っていたところにヴェルナーとアイザックが表れた。
「無事に保護者できたみたいだな」
ヴェルナーが安堵したように水場で腰掛ける二人を見下ろす。青いビニールシートを脇に抱えてついてきたアイザックが遺体に気付いたのか悲痛な表情を浮かべた。
「おっかえり〜! コーヒーは?」
「手伝え」
「すみませんお客様……。あとでお持ちしますね」
無機質なビニールシートに冷たい花の棺桶からエレノアを丁重にすくい上げ、温室からキッチンを経由して焼却炉に出る扉から外の雪まで遺体を運び込むと、アイザックがビニールシートの青が見えなくなるまで雪を被せた。
それを終えたアイザックはすぐさまコフィンの注文通り苦味が消えるほどミルクがたっぷり入ったコーヒーと朝飯を用意してしまうと、次の仕事が詰まってるようであっという間にキッチンから出て行った。
「忙しそうだねぇ」
聞けばコフィンだけ朝食を食べ損ねていたようだ。トレーに用意された朝飯を待てもせずつまみサンドイッチを頬張るコフィンと、成り行きで食卓を共にするスノーがアイザックが出て行った扉を心配そうに眺める。
「本当に。過労で倒れてしまわないか心配です」
「この非常事態だ無理もない。それにプロとしての意地もあるだろう。警察が来るまでの少しの辛抱だ」
ブラックコーヒーを一口飲み、ヴェルナーは吹雪の衰えない窓の外を眺めた。
コフィンの腹拵えが済んだところでヴェルナーが口を開いた。
「俺はエルロックの捜査に加わろうかと思うが、スノーはどうする」
「僕は……。もう少しコフィンさんとお話したいことができて、一緒にいてもいいですか」
「話?」
「さっき、ヴェルナーさん達が戻るまでコフィンさんに相談を聞いて貰おうと思ってたんです……」
少し気恥ずかしそうにスノーは打ち明けた。
「俺で良いの?いいよ暇だし。いやあ、ティーンエイジャーの悩みを聞くだなんて、俺も年を取ったねー」
ヴェルナーはまるで面倒を見ていた子供が手を離し自分の足で外に出るのを、思いがけない子供の急な成長にどこか寂しさとほほ笑ましさの混ざった眼差しでスノーを見つめていた。
「そうか、それじゃあ気を付けるんだぞ。……いいな?」
「はいは〜い」
最後のはまたしても釘を刺すようにコフィンに言われたものだった。
✧✦✧
ヴェルナーと解散後、弔い用の花を摘みたいというスノーの要望もあり、ちぐはぐな二人は並んで再び温室に脚を運ぶこととなった。
スノーが温室中の花を少しずつ摘んで歩いていると、鈴蘭を見つけて花壇の前に屈み込んだ。
ヴェルナーに子守を任されたのもあり、白いちょこんとしたものが立ったりしゃがんだりするのを一応視界に入れつつ見守っておく。まだ興が乗っている範囲だが、実際自分で子供をもったら録に面倒を見れる気はしないので、これも面白い経験だと思えるのは今だけなのだろう。
ガゼボに着くとエレノアの遺体を片付ける前と同様の場所で腰を落ち着ける。
思いついたようにコフィンがスニーカーを脱ぎ両足を晒して水場に脚をつけるとスノーに思いっきり水飛沫を浴びせた。スノーは兎のように体を弾ませ「わっ!冷たい!」と子供らしい声を上げる。
パシャパシャと水飛沫を食らわせてると、はじめは逃げていたスノーが、吹っ切れたようにコフィンの元まで立ち向かう。髪を水で濡らされながら水場の水を片手ですくいコフィンに反撃する。片手に花を抱えるハンデはありながらも、互いにすっかりびしょ濡れになった。
「はぁ……あははっ。僕の生まれた地域には湖水があったんですが、こんな風に誰かと水遊びしたのははじめてです」
「よかったじゃん」
「湖水地方にあったお家で、母と父は僕が生まれる前に養子を引き取ったんです。コフィンさん、ウォータンドラスという名前に覚えはありませんか」
コフィンは豆鉄砲を食らったように固まる。
そして直ぐに理解した。確かにあの時養母が身篭もってた子供が産まれたら、これくらいの歳だったか。
「……あぁそうか、じゃあはじめましてだな、弟くん」
「やっと、見つけた。貴方だったんだ……僕の復讐を遂げる相手は。貴方が僕の実の父親を殺したんでしょう?」
コフィンは何も言わず口角を引き上げにやと肯定する。スノーの冷静な言葉が苛立ちを募りはじめていく。
「貴方は、僕の兄じゃないですよ。生まれてからずっと、貴方に会った今この時、そしてこれから先も貴方のことを憎しみ続け、片時も忘れることなく貴方のことを殺すと誓っている者のどこか弟なんでしょう」
雪の精のように白く表情のない顔から吐き出される氷のように冷たい声。だがその瞳は永遠に続くような強く深い恨みと、殺意に満ちた怒りで彩られていた。
✧ Side Snow ✧
お母様に絵本を読んでもらった記憶がない。
物心ついた頃には僕の寝る前のお話は、お母様の怨嗟にまみれた恨みの言葉だった。
きっと記憶がないだけでもっと幼い頃からお母様の恨みを聞き続けていたのだろう。
養子にとった子供があの人を殺した。
家庭に引き取ってやったのに。
愛してやったのに。
あの人を殺された。
許さない。
殺してやる。
殺してやる。
殺してやる。
殺しなさい。
あなたは私とあの人の愛しい子。
あなたのお父様はあいつに殺された。
愛してあげる。
お父様は殺された。
許すな。
終身刑では足りぬ。
あなたの手で仇を討つのよ。
殺しなさい。
殺しなさい。
殺しなさい。
絶対に
復讐しなさい、スノードロップ。
「殺人鬼がわからない状態で、犯人にみすみす貴方を掠め取られたくないんです」
殺意という強く射抜くよう真っ直ぐな瞳がコフィンの瞳を捕らえる。
「貴方だけは僕が必ず殺します」
憎しみというあまりに粘度の高いどろどろとした泥炭のような言葉がコフィンに絡みつく。
「今ここで貴方を殺し、この先僕の記憶の中で貴方を思い出す度に貴方を殺します」
憤怒と呼ぶにはあまりに身を焦がす熱がコフィンを体の内側から焼く。
「これは、鈴蘭の実です。あまり見かけないんですけど、毒草を展示する温室もあるそうです。このホテルも変わったものを育てるようですね」
コフィンより一回り小さな白い手を差し出すと数粒の赤い胡椒粒ほどの、まるでクリスマスの飾りのような可愛らしい実が転がっている。
「鈴蘭自体猛毒で有名な植物ですが、鈴蘭の実はこの量を摂取すると1時間程度で絶命するそうです」
スノーは差し出した手をさらにコフィンにずいと近づけた。
「食べてください。そして、死んでください」
「いいぜ」
コフィンはなんのためらいもなく小さな白い手を掴むと、そのまま己の口に運んで赤い実を放り込み、わざとゆっくりと見せつけるように咀嚼し飲み込んだ。
「……なんで、平然としていられるんですか」
俯き表情の伺えないスノーが微かに声を震わせながら問いかける。
「そんなの決まってんじゃん」
満足気に笑い掴んだままの手を自分の胸に当て答えた。
「生まれて今まででいっっっちばん愛感じたんだからさぁ、俺両思いになりたくなっちゃったんだよね〜」
「ふざけないでくださいっ!!!」
今まで抑えてきた激情が飄々と怒りと恨みさえ意に返さない態度にせきを切ったように溢れ出し、衝動のままにその手でコフィンの胸を突き飛ばした。
スノーのしたいようにさせている、と言わんばかりに無抵抗のコフィンにさらに激情に拍手がかかり、水に沈むコフィンに馬乗りなると両手で目一杯体重をかけ続けた。
「お前が!お前がいたから!!お前がお父様を殺したから!!僕のお母様もお前に殺された!!お前が……っ!!!」
急に水の中からタトゥーに飾られた両腕が、まるで慈しむようにスノーの背に回されそのまま水中に抱き寄せられた。
つい数秒前まで激昂して怒号を吐き出していた肺は酸素を求め、心臓が激しく早鐘を打つ。
苦しい。息ができない、心臓が痛い。
早く、早くここから出ないと。
もがけばもがくほど、口から気泡が逃げていき苦しさが増すばかりだ。
苦しい……腕が……重い……。
ばしちゃばしゃと泡立つ激しい波がゆっくりと凪いでいく。
そして、まだ睡蓮が揺れる水面に一際大きな飛沫が上がった。
「あー! 水で死ぬのすっげぇ苦しいじゃん」
コフィンが水で張り付いた髪をかき上げるとぷかりと浮かび漂うスノーを引き寄せ、そのまま己の膝に座らせるように抱きしめた。
✧ Side Coffin ✧
「あーあー、結局最後は恋人でもなく、家族かよ」
焼きが回ったとでも言いたげな、でも満更でもない顔で笑いながら呟く。
「オレにはさぁ、父親が3人いたんだ。弟君より多いだろ。一人は実の父親と、最初の引き取り先の養父と、二度目の引き取り先である、キミの父親だ」
間近でよく見れば確かにローレンスの面影があるかもな、と懐かしい記憶が顔を見せてきたが、そう言えばスノーは実の父親の顔を知らないのだった。
自分だけ思い出すのはなんとなくフェアじゃない気がして、兄弟の遅い共通点作りに思い出さないままにした。
「血ィ繋がった父親に至っては顔も知らねぇけど、初めての養父になってくれたヤツとはさ、うまくやろうとしたんだ。オレも素直ないいコだったんだよ。けど、カスの糞溜めみてぇな愛し方をしてきたあのクソペド野郎を殺したことは後悔してない。けど……まー、そこで狂っちまったンだろうな」
己が子供の己へか、乾いた笑いを投げかけるとスノーの頬をつまみながら続けた。
「キミの父親は多分、普通のいい父親だった。オレが愛情に歪んだ子供になったせいで、普通の幸せを信じきれなかった。もしもクソペド野郎が最初の父親じゃなかったら、オレは普通の子供のまま、普通に愛されることを信じられてたのかね」
何一つ後悔してない。空いた胸でやれるだけやった。
だけど、胸に穴を空けられることなく生きられていたのなら?
「平凡な家族を……」
オレにもあったのかもなあ。
母親から無償の愛を受けて、父親を尊敬して、弟と遊んで。家族とテーブルを囲んでご飯を食べる日々を。
__今更、いいなあだなんて。
「クリスマス、囲ませてやれなくてごめんな」
冷たい水の中で体中に毒が回りきるのを待ちながら、安らかな眠りに落ちた。
✧ Side Werner ✧
「…………スノー」
一時間経ちニ時間経ち、昼食の時間になっても戻らぬスノーに胸騒ぎがして温室に駆け足で向かうと、カゼボの水の中で雪のように真っ白になったスノーとそれを抱き抱えるように、少しだけ幸せそうに口元を緩ませ冷たくなったコフィンが見つかった。
✦ LOST ✦
Snow D White
Coffin Dodger
