ホテルカサブランカ
伝統と格式高いホテルの100周年に
幸運なお客様を迎えた特別な夜
黒い帳をひそりと開き
暇を持て余したお客様と
キャストのほんの一時、戯れを
千夜一夜、気紛れなゲームを今宵

✧ Side Uzriv ✧



「さあウズリフ、そろそろ時間じゃなくって?」

「では……オールインで」

 ダウンライトの黄昏のような曖昧な明かりに照らされた手元。
 カウンターに伏せられた5枚の手札を一瞥すると、ウズリフは薄明かりの中一層読めない表情で重ねたチップの塔を中指の腹で静かにノックした。



✧✧✧




 賑やかなクリスマスディナーが終わった約1時間後。
 キッチンも他のホテルスタッフ達も暇を出している7日間は、どうしても少数精鋭の7人で運営を回さなくてはいけない。

 手分けをして大量のお皿洗いに食堂の片付け、各客室のターンダウンの用意。厨房で今日使わなかったシルバーを磨き終え、明日の為の最終チェックを終えたウズリフは一段落の溜め息を吐いた。

「夜更けの業務まで暫くあるな……少し休憩室に、ああ、その前にフロントの様子も見て………」

 ウズリフは内ポケットから銀のチェーンで留められたカサブランカの紋章と使い込まれ細かな傷が刻まれた銀の懐中時計を取り出すと、留め具を押し上げ時間の逆算をしながらエントランスホールへと向かった。


「おや……?」

 フロントへ辿り着くと、チェックインカウンターの中いつもの定位置にデイジーの姿がない。

「ブランデーをロックで」

 ふと聞こえてきた声に横を見ると、エントランスホールとラウンジを隔てる飾りガラスの扉が開け放たれている。

 覗くとエントランスよりも薄暗いラウンジの中、色つき硝子のランプが醸し出す雰囲気のいい灯火を受けて、カウンターの奥でデイジーがトランプをシャッフルしているところだった。
 その手前には、左側からスヴェン、クレア、ヴェルナーの不思議な組み合わせがグラスを傾け談笑をしている。

 ウズリフの視線にデイジーがトランプから顔を上げると、それに気がついたクレアが振り返りウズリフを瞳に捉えるとここぞとばかりに笑顔を向けた。

「あら、こんばんは。早速だけど、今夜の仕事はもう終わったかしら?」
「良い夜ですね、ウィンストン様。夜更けに業務があるので、それまで休憩をいただこうかと……皆様はトランプ、ですか?」
「ええ、彼女にディーラーを頼んで今からポーカーでもと思っていたの。で、アナタはポーカーできる?」

 逃さないとばかりに切り込むクレアに恭しく礼をすると、ウズリフは燕尾服の胸元に手を差し入れ仄暗いランプの光を反射する懐中時計をちらりと見た。

「お客様を退屈させないゲームができればいいのですが、手遊び程度でございまして」
「それで充分。人数がいる方が良いし、まだ時間も平気でしょう?遊びながらお喋りでもしましょうよ」

 クレアにホテルの些細なことから話し難い事まで引き出そうと問われ続けていたであろうデイジーが、ロックグラスにブランデーを注ぎながら諦めなさいと言わんばかりにウズリフだけに分かるように僅かに首を振った。

「そうですね……」
「ワンドローなら」

 それまでグラスを揺らし黙って聞いていたヴェルナーがカウンターに顔を向けたまま、ウズリフへと声を発した。

「それか、バトラーらしくバーメイドとディーラーを交代してもらった方が手遊び程度には荷が楽か」

 ウズリフは驚いたように一瞬、少しだけ目を大きくするとすぐにクスクスと静かに笑った。

「お客様にそこまでお誘いいただいたら、お断りするわけには参りませんね。では数ゲームだけの参加を、失礼致します」

 バーカンターに合わせた背の高い、真紅に染めた革張りの椅子を引きウズリフは浅く腰を掛けた。

「お隣を失礼します、スヴェン様」
「やあ、君と遊戯をするのは久々だからね。乗ってくれやしないかとつい見守ってしまったよ」
「でしたら、お恥ずかしいところをお見せしないようにしないといけませんね」
「デイジー君、彼にティーモヒートアルコール抜きを。無理に乗せてしまったお詫びだ」

 デイジーがコリンズグラスに透き通るように香り高いミントの葉とクラッシュアイスを柔らかく詰めライムを絞り、少し高いところからよく冷えたアッサムを注ぎ軽く2、3回ステアをする。

 手際よく作られたティーモヒートアルコール抜き、通称ミントアイスティーをウズリフの前に滑らした。

「シロップはいるかしら?」
「いえ、そのままで結構。相変わらず良い手捌きですね」

 先程まで使っていたステアスプーンを戻すと、デイジーは後ろの棚から百合や葡萄など象牙に緻密な細工が彫られた小箱をカウンターの上に取り出した。
 小さな雫型にカットされたアメジストが収まる留め金具を外すと、中にはカサブランカの紋章が刻印され金貨が敷き詰められている。

「チップはこちらの金貨でいかがでしょうか。額の振り分けはないので枚数のカウントにはなりますが、ワンドローならそれもよろしいかと」
「一度きりの交換2ラウンドの短期決戦なら、それでちょうど良いんじゃないかしら。複雑だと話にリソースを割けないでしょ」

 デイジーが小箱から金貨を20枚ずつ、プレイヤーの前に積み重ねいく。

「参加料は1枚でよろしいですか?」
「ああ」

 デイジーがシャッフルしたカードをスヴェンから順に黒い指先から弾くように1枚ずつ、計5枚揃いになるように配っていく。

「へぇ、随分堂に入ったワンハンドディール。アナタ、もしかしてディーラーの前歴があったりするの?」
「恐れ入ります。職はこちら一筋ですので、私も遊び程度ですわ」
「あらそう。じゃあ、まずはオーナーについてメディア向けに出してるもの以外の話をしてもらおうかしら」
「初手から手厳しいですね……」

 手札を見てか、クレアの包み隠さぬ直球の質問にか、ウズリフは少し苦笑しながら指で2度机をノックして手札からカードを3枚交換した。

「俺もチェックだ」

 グラスを置き2度机をノックしながら宣言をし、ヴェルナーも3枚カードをディーラー側に投げた。

「家族構成も亡くなった先代以外に話も聞かない、家系図を遡ろうにも不確かな事が多くて……私はベット、3枚にしとこうかしら」
「では僕はレイズしようかな」

 手札をちらりと見ると、そのままカウンターにカードを伏せスヴェンは6枚の金貨と空になったショットグラスを差し出した。

 デイジーは背後の飾り棚でラベルが正面を向くように整列させられた瓶達から、水面に囲まれた島が描かれたラベルに古城の名を冠した1本を取り出すと、差し出されたグラスに強いピートの香りがするスコッチを注いだ。

「私も先代以前のことは詳しく存じておらず……ここに勤めるようになってから、オーナーの浮いたお話も伺わないもので」

 ウズリフはスヴェンが差し出した枚数と同じ、6枚の金貨を差し出した。

「フォールド」
「チェック、フォールドの流れは鉄板よね。最初なら月が誰に味方してるのか分からないし、私もそうね……フォールドで」

 ゲームを降りなかったウズリフとスヴェンを見やると、デイジーは促すように掌をかざした。

「それではお二人、ショーダウンを」
「おやおや、ウズリフくん手遊びのわりには随分と調子が良さそうだ」

 表に返されたスヴェンの手札にはキングが3人となににもならぬ数字が書かれたカードが2枚。
 ウズリフの手札には、6が3枚にペアのエース。その全てがダイヤのスートで揃っている。

「フルハウスか、随分と豪運だな」
「最初ですので、ビギナーズラックですよ」
「さあ、次のカードを配ってちょうだい。聞きたいことは今夜中かかっても足りないくらいよ」

 意気込んでグラスを飲み干したクレアのお代わりを作ると、デイジーは賭けられたチップをウズリフの目の前のへと移動させた。

「これは……数ゲームで見逃していただけなさそうですね……」







 シャッフルする紙の擦れる音、楽しげな話し声に時折溶けた氷がグラスを鳴らす。

 何度かラウンドを重ねていきウズリフが14枚、ヴェルナーが20枚、クレアが19枚、スヴェンが27枚の金貨を積み上げている。

 参加料を払いカードをチェンジし、お酒を挟み流れるようにゲームが進んでいく。

「あなた、カクテル作るのが上手いのね。ロングアイランドアイスティーなんてお酒が入ってると思えないほど美味しいわ」

 アイスティーを飲むようにストローをくわえ、ご機嫌にクレアが喉を鳴らす。

「光栄ですが、いささかペースが速いですね。明日に響きますのでお水もお飲みください」

 氷の入ったチェイサーを差し出すとデイジーはラウンジの壁際で品よく存在感を放っている振り子時計をちらりと見た。
 長針と短針が、数秒後に午後11時を知らせる音を鳴らそうとしている。


ボーンボーン__


「さあウズリフ、そろそろ時間じゃなくって?」
「では……オールインで」

 ダウンライトの黄昏のような曖昧な明かりに照らされた手元。
 カウンターに伏せられた5枚の手札を一瞥すると、ウズリフは薄明かりの中一層読めない表情で重ねたチップの塔を中指で静かにノックした。

「ブラフ……いや、勝ち逃げか」

 手削りの透明な満月を微かに甘い香りを漂わせる琥珀に浸からせたロックグラスを持つ手を止めると、ヴェルナーは自分の前に並ぶチップの塔2つをグラスの水滴がついた指でノックした。

「さあ、どうでしょうか」

 全額をベットしたウズリフとヴェルナーのチップをカウンターの中央側へと引き寄せ、デイジーは残りのプレイヤー2人へと視線を向けた。

「いかがいたしますか?」
「私はパス、見物人に回らせてもらうわ。出さない尻尾は引っ張り出すけど、見えない尻尾は追わない主義なの」

 クレアはチップの代わりに空になったフルートグラスを手に持つと軽く回した。
 デイジーは手早くシャンパンをグラスに注ぎカシスリキュールと軽くステアし、クレアの前に軽やかな赤で満たされたフルートグラスをそっと差し出した。

「見物人に回るのが堅実なんだが、つい少年心が出そうになっていけないね」

 スヴェンは暫し悩むように伏せたカードを見つめると、やがて降参と言うように胸元に手を上げ緩くデイジーに向けて掌を振った。

「フォールドだ。いやはや、勝負するには経験を重ねすぎたかな」

 デイジーは改めて両端に座るウズリフとヴェルナーを交互に見ると、促すように微かにカウンターに視線を動かした。

「ショーダウンを」

 楽しげに微笑みながら表に返されたウズリフの手札は、なにもなしていない5枚のカードだった。

「強いて言えばハイカードがスペードのエースくらいでしょうか」

 一方ヴェルナーは不満げな顔でダイヤとハートのジャックが並ぶ手札を面に向けた。

「ジャックのワンペアだ」
「……ああ、やはりハイゼンベルク様は勝負にお強い」

 デイジーが賭けられた金の山をヴェルナーの前に差し出すのを見届けると、ウズリフは席を立ち申し訳なさそうに3人へと深く頭を下げた。

「申し訳ございません、最後までお相手を務められぬ事ご容赦くださいませ」
「ああ……」

 無愛想に返すヴェルナーを遮るようにクレアがひらりと手を振った。

「こちらこそ、休憩の時間を貰って悪かったわね。色々聞けたし、いい夜になったわ」

 もう一度、3人に先ほどより軽く一礼をするとウズリフはデイジーに目配せをしカウンターに背を向け夜のラウンジを後にした。





「で、ヴェルナーくんのご機嫌は如何かな?」

 ウズリフを見送ると新たに差し出されたタンブラーグラスを傾けながら、茶化すようにスヴェンが問いかけた。

「熱くなってまんまと乗せられちゃったんだから、見事に完敗ね。勝負に勝って……なんだったかしら」
「試合に負ける、ですね」
「そうそれ」

 少しだけ不機嫌そうなヴェルナーにブランデーのお代わりを滑らせ、デイジーが眉を下げて微笑んだ。

「彼は、わざと負けを引いた。従者としてまんまと勝ち逃げをされたんだな」

 見事に一杯食わされた事をポツリと呟くと、思わず吹き出し楽しげな笑い声を上げたスヴェンに軽く肩を組むようにぽんぽんと叩かれた。

「なに、彼は素晴らしいバトラーさ、意趣返しも気持ちいいほど一流だ。ホテルカサブランカのスタッフは、優秀だったろう?」

 ヴェルナーは諦めたように溜め息を吐くとグラスの琥珀を一気に煽った。



✧✧✧



「いけません、少々遊びすぎてしまいました」

 懐中時計を再び確認すると、品が崩れないほどの急ぎ足でウズリフはジェシカの客室へと向かった。

「さあ、お仕事です」

 客室の扉の前に立ち襟を少しだけ正すと目線の高さ扉の中央を4回、中指の背でゆっくりとノックをした。

「『カサブランカのバトラー』として完璧に」



「は、はいぃ……」

 赤毛の執事はにこりと微笑むと流れるような所作で頭を下げた。



2025,07/29. ” Happy Birthday Uzriv! “
執筆:アル