伝統と格式高いホテルの100周年に
幸運なお客様を迎えた特別な夜の幕が閉じました
これはその幕を開け、ほんの少し舞台を巻き戻した
千夜一夜、特別なお客様と素敵なキャストの幕間のお話
✧ Side Isaac ✧
クリスマスディナーは勿論、宿泊中の食事もいつもとは違う特別仕様に。普段の格式に浮つき過ぎず特別なお祝い感を出すために、花の発注、クリスマスのデコレーションも忘れずにして。宿泊する部屋もお客様ごとに合わせてメイキング。
もちろん周年だけじゃない、日々チェックインとチェックアウトが繰り返されていく日常業務の傍らでこの準備を進めるのは思っていた倍激務だ。皆もいつもより少しだけ疲れている風に見える。
「よし、明日のチェックアウトはこれで全部……あれ、明日チェックインが1件も入ってないな」
「たまにあるわね。カレンダーに穴が空いたみたいに、ぽっかり予約が空く日」
ディナーの提供も終わりホテルの中にあるバーに人がちらほらといるくらいの夜遅く。フロントで明日の予定の確認をしていたアイザックは帳簿を見て、へー珍しいと隣で確認をしていたデイジーに相槌を返した。
「ホテルとしてはいつでもお客様を迎えられた方がいいけど、周年が始まったらもっと大変になるからたまには良いんじゃないかしら」
「最近特に忙しかったですからねー。アビゲイルも毎晩遅くまで作業してて、ダニエルも一生懸命動いて。あっ、この前ウズリフさん一点見ながら無心でレモンパイ焼き続けてましたよ」
「ストレスね」
「あははっ、ベルントさんは喜んで焼きあがった端から平らげてってました」
この数カ月は特に休みらしい休みもなかったところにこの閑古鳥は結構嬉しい。
準備をしたり業務はあるけど、それでもかなり手が空くしたまたま明日は業者も来ない。上手く時間を作れば2、3時間くらいなら完全にフリーにもなれそうだ。
久々に予定、聞いてみようかな。
「今日?今日は銀食器を磨いて明日のリネンをアビーちゃんと整えて……お姉様の手伝いがなければ夕方まで急ぎはないかも。どうしたんですか?」
朝食後の食器をアイザックが洗い、ベネロペが拭く。横並びの恋人の顔を不思議そうにベネロペは覗き込んだ。
「最近忙しかったしさ、俺も今日午後フリーなんだよね」
目を合わせ返したアイザックの言葉に察しがついたのか、花が咲いていくようにベネロペが笑顔にほころんでいく。
「行きたくない?デート」
「嬉しい!行きます!そうだ、折角ですから町の入り口で待ち合わせしませんか?」
「同じ場所にいるのに?」
「同じ場所にいるからこそ!デートなら待ち合わせからどきどきしたいです!」
「はいはい、じゃあ13時に待ち合わせでいい?彼女さん」
「もちろんいいです!彼氏さん♡」
その後のベネロペの動きはいつもの倍速かった。曇り一つなく銀食器を磨き素早くリネンを整えデイジーにも快く送り出され、乙女の準備をしに部屋へと駆け足で帰っていった。
いつものオフの私服。でもベネロペが気合いを入れてくるだろうから、こちらも少し緩すぎないように。
準備と言うほどの準備も特になかったので、現在12時40分。余裕を持ってアイザックは先に待ち合わせ場所に着いた。
町の店もショーウィンドウにオーナメントが飾ってあったり、扉にはリースやヤドリギが飾られ暖かなクリスマスムードが漂っている。
「そうかクリスマス、クリスマスデートか……」
己が歩いてきたホテルへの道に目を向け、腕にはめた時計にちらりと視線を落とすと一瞬考えた後、アイザックは少しだけ急ぎ足で賑やかな町へ消えていった。
「ごめんベネロペ、ちょっと遅くなったかな。お待たせ」
現在13時4分。アイザックは町の中から人波を躱しながら、入り口でぽつりと空を見上げ白い息を吐きながら待つベネロペの元へ駆け寄った。
「私もさっき着いたところなので大丈夫ですよ。ふふっ、やっぱり待ち合わせすると恋人!って感じがしていいですね!」
「そう?ま、ベネロペがいいなら。それで、どこか行きたい店ある?」
「んー、アイザックのプランをお聞きしても?」
「じゃあ、クリスマスマーケットはどうですか?小さいけどあちらに屋台も出てますよ」
「素敵です!是非お願いします」
アイザックが畏まって差し出した手にベネロペが恭しく一回り小さな手を重ねる。二人で畏まって手をつなぎ、顔を見合わせるとおかしいように思わず笑ってしまう。
きらきらと飾られた木組みの屋台が並ぶ道を、寒そうに幸せそうに行き交う人々。その中を手をつなぎ幸せそうに可愛らしく笑うベネロペとそれを優しく見つめるアイザックはまさに絵に描いたようなクリスマスの恋人同士に見える。
「あー!たっくさん可愛いもの見て回ってお茶して楽しかったー!」
クリスマスマーケットに乙女の好奇心は迸るように溢れ、そのまん丸に輝く目に写った端から突撃していくベネロペにアイザックも腕を引かれるまま付き添った。
ベネロペはいつもよりヒールの高い靴で燥いだせいか歩みに疲れがみえてきたので、ベンチに腰掛けさせると手と足を伸ばし少し困ったように笑うベネロペの横に同じく伸びをしながらアイザックも腰掛ける。
「クリスマスマーケットが思ったより盛大で俺もちょっとはしゃいじゃったかな。はい、これ冷えるから」
ベネロペは差し出されたホットワインをお礼を言いながら両手で受け取ると一口啜る。アルコールが程よく抜けた甘い赤ワインにオレンジ、シナモン……ほっとするスパイスの香りで頬がほんのり赤くなる。
「ふふふ、今日はお誘いしてくれてありがとうアイザック。すごく楽しかったですし……久々に二人でいられて、嬉しかったなぁ」
「俺もベネロペとクリスマスデートできて楽しいし、浮かれてこんなの買うくらいには、嬉しかったな」
どこに隠していたのかアイザックが後から花を一輪、取り出しベネロペへと差し出した。
「綺麗……赤い、薔薇……?」
「あー……照れるから、あんまりこう言うことしないんだけど。流石に一輪はキザだったかも」
受け取った真っ赤な薔薇を見つめていたベネロペが次第に俯き、僅かだが肩も震えているように見える。寒さからでもなく理由が分からずアイザックはなにか気に触ったのか、ベネロペの震える華奢な肩にそっと触れた。
「ベネロペ……?」
「っ………!もうっ!どうしてこんなに私を喜ばせてくれるの!大好き!」
アイザックの手が肩に触れると弾かれたように満面の笑顔のベネロペが両手を広げ、たまらないと言わんばかりに跳ねるようなハグを勢いよく盛大に返した。
「ちょっ……!ワイン、ワイン溢れるって!」
「大丈夫!私がしっかり洗いますから!」
片手にホットワイン、片手に首にしっかりと両手を回し抱きつく恋人を支え、ふと視線を薄暗くなり始めた空に向ける。
形に残らないもの選んで、ごめんな。
「アイザック?」
「ん?なんでもないよ。一休みしたら、皆にもお土産買って帰ろうか」
幸せそうな笑い声と暖かな光に照らされたクリスマスの恋人は、再び町の中に消えていった。
2025,01/01. " Happy Birthday Isaac. "
執筆:アル